やはりこれは欠かせません
三宅島神着神輿太鼓です 今年も見にきました
それにしてもすばらしい女性の打ち手だこと・・・!!
2018.8.4
そして氏神さまのお祭り
賑やかな宵宮です
2018.8.18
暗い鎮守の森と社に明るい屋台の灯り
携帯カメラで撮るのは難しい
唐代の青年の鄭元和が妓女(遊女)の李亜仙と知り合い慕い合った後、一度は落ちぶれて乞食にまでなるが、再び出会った亜仙に助けられ出世を果たす。今回は、元和の情けない姿を見た父親が、親不孝者だと怒り棒で殴る場面の「打子」を抜粋上演する。繍襦記がどんなお話しなのか・・図書館などで調べましたが資料がなく 当日プログラムや説明をきいて知りました。身を立てるのはどこでもたいへん、繍襦記では遊女の助けがあって最後はハッピーエンドになるのだそうです。
梅干し:漬物樽6㎏ 甕3㎏ プラ容器1㎏が完成しました、といっても梅雨明けに干す作業がありますが 裏ごしするジャム作りに比べれば簡単です、余った梅に砂糖をまぶしてシロップをつくっています、できたら氷水で割って飲むわ。
ジャム:10瓶
里がためと思ば 極楽どやゆる 村のためと思ば 花の台(うてな)(あなたのためだと思えば極楽です 村のためと思えば花の台です)
里がためと思て 我が身思みすてて 神のみ言葉よ 拝まてやり(あなたのためにわが身を捨てて神のみ言葉をいただこう)
里が肝願いや 村のためと思て 我身や振り捨てて 行かなしゅもの(あのお方のお心は村への思いです 私はこの身を捨てて参ります)
真珠橋下に 神まささあとて 今日のわが涙 語て賜れ(真珠橋の下に神様の霊験があらたかなら 今日の私の涙を語ってください)華風2018.4よりビデオテープを巻き戻して最後の場面を何度も見ました、機会があればぜひ舞台を生で見たいと思いました。
光普き月やあらぬ、春や昔の春ならぬ我が身ひとつは、元の身にして、本覚真如の身を分け、陰陽の神と言はれしも、ただ業平の事ぞかし、かように申す物語疑はせ給ふな旅人遥々来ぬる唐衣、着つつや舞を奏づらん(地謡 プログラムより)
楽屋を抜けて橋の上
肌に冷つく縮緬浴衣
扇使いも水芸の お目通り
笑顔で隠す今宵の別れ
浮世の瀬々と鳴きわたる
あの世がらすも旅の空
月に更け行く遠あかり
地謡一夜の宿を江口の君に断わられて西行法師は
思へば仮の宿に、心留むなと人をだに、諫めし我なり、これまでなりや帰るとて、即ち普賢菩薩と現れ、舟は白象となりつつ、光と共に白妙の白雲に打ち乗りて西の空に行き給ふ、有難くぞ覚えたる、有難くこそ覚ゆれ (プログラムより抜粋)
世の中を厭ふまでこそかたからめ仮の宿りを惜しむ君かな江口の君は答えます
世を厭ふ人とし聞けば仮の宿に、心留むなと思ふばかりぞ悟りに通じる仏教の世界を感じきれなかったです、機会があればもういちど観劇に挑戦します。
さて桜の咎は何やらん作り物のなかでジッと座る老桜の精ですが西行へ顔をむけるときに機械仕掛けの人形のようにすこしずつゆっくり首が動きいつの間にかこちらを向いているのです、正面右手奥の端の私と目が合ったように思えました、それからいつ動くのか目が離せなくなりました、とても面白かったです、最後までとても楽しみました。
浮世と見るも山と見るも、ただその人の心にあり、非情無心の草木の、花に浮世の咎はあらじ(老桜の精 プログラムより引用)