2015年7月24日金曜日

白井晟一

 
 建築家白井晟一氏自邸「虚白庵」書斎の写真タペストリー
(ここだけ写真撮影が許可されていた)
虚白庵こはくあん 1970 東京中野 現存せず
 
「戦後日本住宅伝説」という展示のひとつに 建築家「白井晟一」のコーナーがありました。
う~~む、「伝説」になってしまったのね。。

芸術的哲学的な空間がある建物!と 昔すごく白井晟一に憧れたので 胸がドキドキもし、駆けつけたいような 少し伺うように展示を見ました。 自邸の書斎の写真を大きなタペストリーにしたものでは 訊ねたこともないその書斎に立っているような感覚さえ覚えて感動しました。 
また書道に打ち込んでいらっしゃったので その書「日光」を直に見ることができたのもとてもうれしかったのです。 
薄い鉛筆で描かれた絵画のようなと評されていた図面もみることができました。 
時間だけはこんなに過ぎてしまったけれど あのころの気持ちがそのまま甦って不思議な感覚でした。 2015.7月

白井晟一 しらいせいいち
1905 京都府三条大宮生まれ
1922 京都高等工芸高校図案科入学
1928 ハイデルベルク大学入学 
    カール・ヤスパースのゼミに通う
1936 《近藤浩一路邸》
    江川太郎左衛門邸を知る
1942 中央公論社主 《嶋中雄作邸》
1951 《滴々居》
   中略
1961 《松井田町役場》《善照寺本堂》などの業績により
     高村光太郎賞
1962 『中公新書』の装丁
1967 親和銀行本店Ⅰ期
1968 親和銀行本店Ⅱ期
1969 《親和銀行本店》により建築年鑑賞、建築学会賞、毎日芸術賞
1970 《虚白庵》
1974 《サンタ・キアラ館》《ノア・ビル》
1975 《懐霄館(親和銀行事務センター)》
1980 《親和銀行本店》により第36回芸術院賞
1983 京都府嵯峨野市の《雲伴居》現場で倒れる
    11月22日逝去
(新建築社「戦後日本住宅伝説」挑発する家・内省する家 P. 82より抜粋して引用しました)

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