2010年6月30日水曜日

湯顕祖の牡丹亭(31)

中国古典文学大系53戯曲集下還魂記(岩城秀夫訳)143頁
第31幕 防備を整う から

ここは揚州、杜麗娘の父杜宝は李全の勢力を抑えるために新たに城をつくり今日はその落成祝賀の日 ですが杜宝はそうそうに酒宴を終りにし防備を固めるように指示します。
早晩に金の兵 侵し来りて無礼はたらかん
砲・箭・旗・槍を備えよ
・・
文武のものよ 粛然として詳らかに見よ
辺塞のあたり 烽火あがり一声の砲の響かうを

2010年6月29日火曜日

湯顕祖の牡丹亭(30)

同里退思園2階渡り廊下


中国古典文学大系53戯曲集下還魂記(岩城秀夫訳)138頁
第30幕 歓楽の邪魔 から

今夜も杜麗娘が訪ねて来ました。
柳夢梅
それにしても、あなたのお出でになる足音の軽いのは、なぜでしょう。
杜麗娘
”自然は跡無くまた塵無し
柳夢梅
 白日尋思して夜夢頻(しき)りなり
杜麗娘
 行きて窓前に到り未だ寝ねざるを知る
柳夢梅
 一心惟だ待つ 月夫人”
石道姑と小道姑は声の主を確かめようと部屋へ押し入ります、その時、風がおこり杜麗娘は身をかわして消えてしまいます。
石道姑
屏風より人ぬけ出し 歌いつ舞いつ
君と相和せし 妖魔ならずば
なにの人影ぞ 風を望みてかくれし
柳夢梅はせっかくの逢瀬を邪魔され「興ざめだ 興ざめだ」とがっかりします。

2010年6月28日月曜日

湯顕祖の牡丹亭(29)

中国古典文学大系53戯曲集下還魂記(岩城秀夫訳)134頁
第29幕 他人の疑惑 から

梅花観を守る石道姑は柳夢梅の部屋から夜毎に聞こえる「喋喋喃喃」の女性の声が気になってしかたありません、行脚で来ている若い尼を怪しんで柳夢梅との仲を問いただしますが 若い尼は心当たりがないので驚き、二人でつかみ合いをはじめます。陳最良先生がとりなしますが双方納得がいかない様子です。
(喋:巧みによどみなく話す 喃:くどくどしく語る)

2010年6月27日日曜日

湯顕祖の牡丹亭(28)

同里退思園中庭


中国古典文学大系53戯曲集下還魂記(岩城秀夫訳)126頁
第28幕 幽魂とのちぎり から

ここは柳夢梅が病を癒しに逗留している梅花観、幽霊になった杜麗娘は自分を呼ぶ声に気づいていました、さまよううちに東房を覗くと生前の絵姿を描いた掛け軸をみつけます、そこに足された一句に「柳夢梅」の名を見て因縁を感じ、前夢を完うしたいと思います。 
ある夜 柳夢梅は寝言をいいます。
他年蟾宮の客に傍うを得ば
是れ梅辺ならずば是れ柳辺、
ああ お嬢さん
これを聞いた杜麗娘は扉をたたいて柳夢梅を起こし再会します。
(杜麗娘) 
・・牡丹亭のほとり 嬌めかしき夢
築山のほとり 羞しき夢
書読む窓べ 風ぞ訪なう
この良夜ともに語らば
清風名月もものならず
柳夢梅も応えます。
・・われを知りて訪いぬ
北斗はかたむき 花低く垂る
かかる夜更け 花も睡らん
笑いさざめき 口ずさめば 風月も及ばず
艶にして嬌めかしき君よ 思いのままに遊ばん
君わずらわさんも わずらわすはしばし

(杜麗娘)
あなたさま。 とくと調べませ 春たつ風の初花を
このあと夜毎杜麗娘は柳夢梅のもとを訪れることになります。

2010年6月26日土曜日

潮来出島

今日は交換留学生「女王陛下」の踊りの発表会、潮来出島を半年以上かけて練習していたので成果を見に行ってあげなければ、さてどんな仕上がりかしら。

半年のお稽古にしては形になっていました、技術プラス気持ちの入れようで賞がでましたが惜しくも逃しました、でも175cmの長身でひざを折り重心を低くして頑張っていました、朝顔の浴衣に真っ白な足袋が清清しかったです。20:57

今日のワンポイント

忘れないうちに書いておかないと。。また誰もいなくて個人レッスン、皆さん忙しいようだわ。本日の目標:きっちり構えること、自分の悪いクセは

右足先が下がりやすい、ということは気づかずに右を向いて構えているということ。左足先は少しオープンに、これは体が回転しやすくなるようにですって。

ヒットするときフェースが開いてしまう、ほとんど45度開いてますよ~! だそう。フェースをきっちりスクエアに戻すように。

バックスイングしたときヘッドはボールと目を結んだ延長線上にあるだろうことを意識して、右手首は甲側に倒してね。

ダウンスイングは自然落下で!力を入れてはいけない。

あたらなくなったら RESET!  

2010年6月22日火曜日

坂東玉三郎さんの小野小町姫・傾城墨染実は小町桜の精



6月10日から13日まで上海蘭心大劇院で坂東玉三郎さんは杜麗娘と楊貴妃を舞われて帰国されました、おかえりなさい!、そして19日から再び京都南座の舞台が始まりました。その「返り初日」の『重戀雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)』を見ました。

出だしからすぐそばの花道を小町姫が通りすぎていきます、あ~ こんなに間近に しかし遠くをみつめる透きとおったまなざしの小町姫、所作を見つつもやはり視線はお顔に。。

120パーセント、いや200パーセントの 期待を補って余りある舞台でした。

観劇歴が浅いのですが 静御前・妻菊・傾城・鷺娘・娘道成寺の役をすべて ひとつの舞台で観た気持になりました。降りしきるさくらの中の最後の場面 あまりの迫力に感動してしまい 涙が。。

ありがとうございます、と感謝の言葉しかでてこなかったわ Margaret。

2010年6月21日月曜日

『牡丹亭』東京公演



坂東玉三郎特別公演『牡丹亭』~中国・昆劇合同公演~ 
2010年10月6日(水)~ 28日(木)
のフライヤーです。

2010年6月17日木曜日

今日のワンポイント

クラブの3つの角度に合わせて構えましょう
1)ロフト角度
2)ライ角度
  トウにコイン2・3枚入る厚みを空けましょう(チップショット・パット以外)
3)プル角

それぞれのクラブに設計されている角度に素直に体を合わせて構え あとは右から左へ振るだけです、必ずあたります。
きちんと構えた
景色をおぼえましょう
すべてのクラブの構えに共通する注意点は
グリップエンドが左股関節前を指す  です。

2010年6月16日水曜日

還魂記を読んでいると梅の字が多いわ、「柳夢梅」や「残んの梅」、「梅辺に在らずんば・・」、写真(しえちん)の幕では杜麗娘は「梅の小枝」を持っている自分を画に描いたし。

庭の梅の木から収穫した梅で梅酒、甘露煮、ジャムができたの。
(まだ去年こしらえたものが残っているけれど)

梅ジャムはすっきりした仕上がりでさわやか、朝食のトーストが楽しみだわ。 来年は完熟した小梅でジャムを作ってみたい、味や香りがもっとやわらかくフルーティになるんですって。
完熟小梅

2010年6月14日月曜日

湯顕祖の牡丹亭(27)

蘇州滄浪亭


中国古典文学大系53戯曲集下還魂記(岩城秀夫訳)119頁
第27幕 魂の出遊 から

ここは杜麗娘を供養するために建てられた梅花観、石道姑は亡くなって3年になる杜麗娘のために生前好きだった*残んの梅をきれいな花瓶に挿し 道場(亡魂を弔う儀式)を開いています、と、不思議なことに冷たい風が吹いてきて道姑たちが去ったあとに杜麗娘が現れます。荒れ果てた庭をみて
悲しみに胸ふさがる
破れし垣 荒れし小径
 と泣きます、花瓶に活けられた*残んの梅をみて
ああ、梅の花も、この麗娘が蕾のうちに散ったのに似て、ほんとに可哀そうに
とまた泣きます。

その時 柳夢梅が杜麗娘に呼びかけている声が聞こえます、しかし夜もふけ長くとどまれないので祭壇の梅の花をちらして去ります、去り際に道姑のひとりとすれ違い姿を見られます。道姑たちは杜麗娘の霊魂が現れたのを知って天上に成仏できるよう祈ります。
香の煙は風に消え 月は廊を照らす
ふと現れて隠れし 魂の影のさびし
花落つる春の宵 心の傷つきやすし
早く天堂にのぼれかし 早く天堂にのぼれかし
とどまる勿れ 他郷に故郷に
*残んの(のこんの):残っている

2010年6月11日金曜日

イアン・ボストリッジ



テノールの貴公子と言われているイアン・ボストリッジの2008年11月13日王子ホールでのリサイタルがBShiで再々・・放送される。
リサイタルのなかのベンジャミン・ブリテン曲トーマス・ハーディ詞の「生まれる前とそのあと」は太古の静寂を感じさせるの。
ノエル・カワード(1899~1973)とコール・ポーター(1891~1964)の曲がいいのよ Margaret、4月1日に載せた「いつもさよならを」も歌っているの。
カワードの曲はとても洒落ていて 俳優ジェレミー・アイアンズも歌ったけれど イアン・ボストリッジはCD 「The Noel Coward Songbook」 を出しているわ、盤上にサインしてもらったCDはちょっとした宝物。

ボストリッジはシューベルトのリート、ブリテンのオペラ「ねじの回転」や「ビリー・バッド」など多くの作曲家の歌曲を歌っていてたくさんCDを出している。
2009年は川崎でヘンデルを聞いたけれど、今年の11月に予定されていた来日は2011年3月に変更になったらしい、またあの歌声を聴けると思うとうれしいわ、何を歌うのかしら。
2010年6月22日(火) 06:00~06:55
NHK-BSHi 《ハイビジョン クラシック倶楽部》

「イアン・ボストリッジ&ジュリアス・ドレイク」

ベンジャミン・ブリテン(ウィリアム・スーター詞)
 :歌曲集 「この子らは誰?」 Op.84より
  悪夢/殺戮/この子らは誰?/子供達 
ベンジャミン・ブリテン(ト-マス・ハーディ詞)
 :歌曲集 「冬の言葉」 Op.52
  11月のたそがれ/真夜中のグレート・ウェスタン鉄道/
  セキレイと赤ん坊/古い小机/聖歌隊長の葬式/
  誇らしげな歌い手たち/アップウェイの停車場にて/
  生まれる前とそのあと
ノエル・カワード:ひとりだけの旅/あなたと行けたなら/
          20世紀のブルース/パリの道化
コール・ポーター:夜も昼も/いつもさよならを
<2008年11月13日収録>

2010年6月9日水曜日

湯顕祖の牡丹亭(26)

同里退思園


中国古典文学大系53戯曲集下還魂記(岩城秀夫訳)115頁
第26幕 画像の鑑賞 から

柳夢梅は散歩中にみつけた小箱をあけてなかの画をじっくり鑑賞します。結局観世音菩薩でも月の女神嫦娥でもなく美人が自らを写したものだろうと推察します。
画の中の杜麗娘が書き付けた一首
近く覩て分明 儼然たるに似たり
遠く観て自在飛仙の若(ごと)し
他年 蟾宮の客に傍(そ)うを得ば
梅辺に在らずんば柳辺に在らん
を見てまるで自分のことのようだと思います。
柳夢梅は応えるように一首書き付けます。
丹青の妙処 卻って天然
これ天仙ならずんば即ち地仙
蟾宮に傍わんと欲す 人近遠
恰(あたか)も春は柳梅の辺に在り
そして柳夢梅はこころをこめて画中の美人に呼びかけます。
美しいお方
美しいお方
お嬢さん
お嬢さん

2010年6月7日月曜日

湯顕祖の牡丹亭(25)

中国古典文学大系53戯曲集下還魂記(岩城秀夫訳)111頁
第25幕 亡き娘を憶う から

父杜宝は栄転し妻甄氏を伴って揚州を治めています。
杜麗娘が亡くなって3年目の今日は杜麗娘の誕生日、甄氏(杜麗娘の母親)は侍女の春香と 南安の方を向いて お香を焚き蝋燭を天にささげて杜麗娘の供養をしています。
(甄氏・春香)
思い切なく胸いたむ 恨めし
娘の命の絶たれ 母のかくも忍ぶ
2009年11月上海蘭心大劇院で行われた中日版牡丹亭の公演で甄氏・春香を演じたのは蘇州昆劇院の朱恵英さんと沈国芳さんです。
甄氏の杜麗娘を失くした悲しみは悲痛でしたし、侍女春香の杜麗娘を思う気持ちもひしひしと伝わりました。


2009.11.22 上海蘭心大劇院にて 
左端は母親役の朱恵英さん
右から二番目は春香役の沈国芳さん

2010年6月6日日曜日

「坂東玉三郎」歌舞伎座立女形への道

Margaretは何を読んでいるかしら?

歌舞伎座さよなら公演で 玉三郎さんの富姫、美女、妻菊、典侍の局、るん、八ッ橋、覚寿、巴御前、千代、揚巻を堪能したけれど ちょうどタイムリーに 中川右介著「坂東玉三郎」歌舞伎座立女形への道 が出版されたので読んでいるわ。

本人に取材しているのではなく書かれたものに取材していて いろいろな方が語る文章から玉三郎さんを想像できるし、玉三郎さんを取り巻いていた環境がどのようなものだったか理解できる。

森茉莉が三島由紀夫のエピソードとして文章にしたくだりの玉三郎さんの言葉はほんとうに印象的!

著者は本の「あとがき」で玉三郎さんのすばらしさを書いているけれど ほんとうにそのとおり!だと思うし、同時代に生きて歌舞伎座の立女形である玉三郎さんの生の舞台を観ることができる幸運と幸福を喜びたいわ。

2010年6月4日金曜日

湯顕祖の牡丹亭(24)

蘇州滄浪亭入口


中国古典文学大系53戯曲集下還魂記(岩城秀夫訳)108頁
第24幕 画を拾う から

旅の途中具合を悪くした柳夢梅は 杜麗娘が供養されている梅花観で養生しています、柳夢梅は元気を取り戻し、後ろにある花園へ、といっても向こう3里の広さだそう、散歩に出かけます。その庭のようすは
門は鎖せるまま 忘られし桃源郷か
荒むに任せし佳き眺め
水閣のくだけ 煙(もや)のうち 見えつかくれつ
屋形舟 打ち捨てられ
鞦韆(ぶらんこ)は人影なく垂る
柳夢梅はその庭のようすに悲しみを見て取ります
断腸の思いせし人あらん 傷心のことども多かりし
情(こころ)にかけじと思えど
湖山石のほとり そぞろ歩きせん
ここで築山の石の陰に画の入った小箱を見つけます、観世音菩薩の笑顔が描かれている画をみてよろこび書斎へ持ち帰ります。この画は杜麗娘が生前自身を写したものでした。

蘇州滄浪亭の庭から


蘇州へは新幹線和諧号で30分くらい、料金は片道31元でした(2009年11月)上海の洒落た喫茶店でのむカフェオレが60元でしたから 政府で公共料金を抑えているのかなと思いました。駅から滄浪亭へはバスを利用、上海で買った交通カードがつかえます。

2010年6月3日木曜日

今日のワンポイント

グリップの極意

グリップはひいて握ります
今日のワンポイントは目からウロコ、裏ワザというべきとみんなで騒ぎました。関西出身の友人曰く 
せんせ わたし もう 十年かようているのに はじめてききました もっとはようおしえてくれはったら いいのに
「ひいて握る」 これはいい!
ありがとう コーチ!

2010年6月1日火曜日

倫敦 LONDON 2010 切手

カバーの表紙・曲線のところで倫敦と香港が左右に開く


香港郵政に頼んでいた紀念切手のプレゼンテーションパックが届いた。
ロンドンで行われた International Philatelic Exhibition に香港郵政が参加した紀念として2010年5月8日に発行された切手だ。

レスリー・チャンは13歳から大学1年までイギリスに留学している(「レスリー・チャンのすべて」から)ので この切手シートのデザインがロンドンと香港の風景を合わせたものになっているのが単純に、素直にうれしい。

切手シート・影絵は有名な建物ばかり?スターフェリーがあるわ