2010年3月31日水曜日

さくら



ねかはくは 

はなのもとにて 

春しなん 

そのきさらきの 

望月の比


続古今和歌集巻第十七/雑歌上/花歌中に/西行法師

なぜかざわめいておちつかないこの季節。
写真は樹齢200年の川井家のみごとなしだれ桜(2010.3.31)

2010年3月29日月曜日

湯顕祖の牡丹亭(20)

蘇州同里嘉蔭堂


中国古典文学大系53戯曲集下還魂記(岩城秀夫訳)80頁
第20幕 夭折を悼む から

雨が降り風がふく中秋の日にいよいよ杜麗娘は儚くなってしまいます。
杜麗娘は 遺骸はお気に入りの梅の樹の下に葬ってほしいこと、自らを描き残した画は太湖石の下に埋めるようにと遺言します。
父母、春香、陳最良、石道姑が歎き悲しむなか、父杜宝は金寇から淮揚を鎮守すべしと命を受け出立することになりますが 後花園に梅花庵を建てて杜麗娘の霊をまつり陳最良と石道姑に回向をさせるよう手配します。

この幕は2009年11月に上海で公演された坂東玉三郎さんの中日版牡丹亭では第4幕「離魂」にあたります。
それまでの柔らかで明るい舞台が一転します、中秋の月あかりがさすような照明に脇の奏者たちがはじく弦や金の音で寒々とした秋の空気がながれ雨が降り風がでている寂寥な舞台になっています、坂東玉三郎さんが青白い衣装をまとい ひとつ置かれた椅子によりかかり肩で息をする様がいまでも頭に浮びます。そして玉三郎さんの杜麗娘は(蘇州の古語で)
母上様。
少し離れて下さいませ。
もっと離れてくださいませ。
と母上様と春香から距離を置き ひとりでお別れを言います。なんとしっかりした強い杜麗娘でしょう。。

湯顕祖の牡丹亭では父上さまが登場し中堂へ杜麗娘を運びそこで
このひと夜の雨はとめられましても
沈みし月 いかでか重生し
燈火の再び紅きをえんや
と杜麗娘は言い残し息をひきとります。

2010年3月28日日曜日

湯顕祖の牡丹亭(19)

中国古典文学大系53戯曲集下還魂記(岩城秀夫訳)78頁
第19幕 女賊 から

盗賊の李全とその妻で謀に長けた楊氏が登場、大金皇帝は李全に溜金王の位を授け 淮揚を騒がせたあと揚子江のむこうの趙宋を滅ぼさせようとします。なぜここで突然李全と女丈夫の楊氏が登場するのかしら・・?李と楊二人そろって唄います。
好きつれあい
国の最中に坐せば
淮揚の草木
なべておののかん
蘇州昆曲博物館内武具

2010年3月26日金曜日

今日のワンポイント

「勇気を振り絞ってこゆびから!」
今日のレッスンはグリップについて。
スライスグリップ(15度)フックグリップ(45度)
でもフックグリップで打ってもスライスとは これ如何に?
GASPMを見直しましたかー?
それとバックスイングトップの位置はななめ後方耳の位置ですよー!
そう基本がキチンとできてることが前提のはなしですね。
ゆうきをふりしぼってこゆびから!
こゆびからボールへつなひきするように!
はいいなぁ、スイングに入るときどうしても人差し指が動いてしまうから、しかし頭に浮かべるべき注意点が多すぎるわ。

2010年3月24日水曜日

湯顕祖の牡丹亭(18)

蘇州同里退思園の中庭


中国古典文学大系53戯曲集下還魂記(岩城秀夫訳)71頁
第18幕 邪病の診察 から

恋煩いですっかり弱ってしまった杜麗娘のところへ陳最良が診察に、そして石道姑が祈祷に訪れますが杜麗娘は歎きます。
情は骨の髄まで入りて
鍼もとどきがたからん
病は煙花にかくれ
いかで薬の効かんや
杜麗娘は陳最良と石道姑とともに
病める身に
驚きと疑いはよからず
しばし憩えかし
思いわずらうをやめよ
と唱うのみです。ほんとうにこうも弱ってしまってはどうしたら・・
庭園の緑さえ病身には強すぎるでしょうか。。

2010年3月22日月曜日

坂東玉三郎さんの女暫

「しーーばーーらーーーくーーーーぅ~」
とどこからかかすかにひびいてくる玉三郎さんの声。
再び少し大きめに
「しーーばーーらーーーくーーーーぅ~」
と聞こえます。

花道を大きな素襖と可愛いとしか思えない力紙と紅白の梅の髪飾りをつけ大太刀を背負って巴御前に扮した坂東玉三郎さんが登場します、待ってましたとばかり大向こうから「やまとや!」と掛け声がたくさん飛びます。

玉三郎さんの「女暫」を堪能しました。
きっぷのよい巴御前ぶり、華やかで、大きくて、きれいで、冗句も入れてセリフもおかしく、揚幕からでて、また下がるまでなんと楽しかったことか、ふだんクールなMargaretがとなりで「ふふ ふふふ」と楽しそうに笑ったもの。

これぞエンターテインメント!

衣装の色彩がとても美しい。紅白に金のふちどりの市松模様の襦袢?、その上の鶴の文様が図案化された緑の着物。後見さんが素襖をとって上の着物の片袖をはずすところではドキドキしてしまうのでした、そして紫色の足袋がなぜか印象にのこっています。

いつも書きますが 生の舞台を観ることができてほんとうにしあわせ。
ありがとう 玉三郎さん! 

2010年3月17日水曜日

坂東玉三郎さんの覚寿

交換留学生(名前が母国語で「女王陛下」の意味の彼女)と一緒に歌舞伎座さよなら公演御名残三月大歌舞伎第三部を観ました。身長が高いので座席が窮屈でかわいそうだったけれど英語のイヤホンガイドを耳に 二時間ものむずかしい演目「菅原伝授手習鑑道明寺」を静かに見ていました。派手な動きが少ない演目ながらきちんと理解したのはインターナショナルバカロレアをパスした彼女ならではと拍手を送りたい気持ち。

管丞相の木像は今でも残っているらしいがどこで見られるのか、管丞相が神様のように崇拝されているのは何故なのか、など幕が下りて立て続けに質問されたけれど情けないことにちゃんと答えられなかったの、Margaretがいてくれれば・・
「文珠菩薩花石橋」はわかりやすく華やかで楽しんだようす、文殊菩薩を踊った鷹之資さんは小さいながら見事な踊りだったわ。

坂東玉三郎さんの「覚寿」は強く立派な人間性のある老女でした。
覚寿を演じる玉三郎さんの「力量」を感じたわ、大きな歌舞伎座の客席を一点にフォーカスさせるオーラというか それはけっして花魁や姫を演じる玉三郎さんの女形の美しさの力ではなくて演技力によるものなの。
映画「天守物語」の中で 亀姫が富姫に土産として持ってきた猪苗代亀ヶ城主の生首が血で汚れているのを
「汚穢(むさ)やの、汚穢やの、ああ、甘味(うま)やの、汚穢やの、ああ、汚穢いぞの、やれ、甘味いぞのう」
といいながらなめて清める茅野ヶ原の舌長姥の演技がとても印象的で 役者は誰かしら?とエンドロールを見て驚いたわ、玉三郎さんの二役だったの!Margaret知ってた? その驚きとおなじものを舞台の「覚寿」に感じたわ、老け役という見た目じゃなくて こちらを虜にしてしまう力という意味で。

Margaretがいってたように坂東玉三郎さんは百年に一度の「逸材」だと思うし生の舞台を観ることができるのはほんとうに幸せに思うわ。

2010年3月9日火曜日

蘇州昆劇院と蘇州昆劇博物館

蘇州昆劇博物館


香港尖沙咀の文化中心で白先勇先生監修にて蘇州昆劇院が公演を行ったらしい。役者・音曲奏者が揃っているとのこと。
演目は「玉簪記」「釵釧記」「玉茗堂四夢(南柯記・牡丹亭・邯鄲夢・紫釵記から一幕づつ)」だそう。また勉強するものが増えたわ。。

白先勇先生監修青春版牡丹亭のDVDを蘇州昆劇博物館のショップで購入したけれど、上海に戻る新幹線の時間を早めたせいでゆっくり買い物ができなかったの、たくさんの書籍・DVD・CDをもっとゆっくりみたかったわね、また行こう Margaret。

蘇州昆劇博物館ショップ

2010年3月5日金曜日

湯顕祖の牡丹亭(17)

石道姑と春香


中国古典文学大系53戯曲集下還魂記(岩城秀夫訳)68頁
第17幕 道姑の祈祷 から
紫陽宮を守る尼石道姑は杜麗娘の祈祷を頼まれます。

(石道姑登場)
娶るの嫁ぐのと
世の中は滅法忙し
それも陰陽あるがため
やれ 天帝さま
生まれついてのこの片輪
是非もなければ
道家に帰依して
男の装い
指折れば四十もすぎぬ
人の世は一場の夢

2009年11月上海で公演された坂東玉三郎さんの中日版牡丹亭第5幕叫画では 上記の出だしを歌いながらコミカルに石道姑が登場しました。蘇州昆劇院演員の呂福海さんは杜麗娘と柳夢梅をひきあわせる睡夢神の役も演じました、プログラムをみると舞台監督、執行導演にもお名前があります。